河童ですから

大分県で河童を求める”てらかっぱ”のブログ

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働き方改革はベーシックインカムへ続く道

ども、てらかっぱです。

 

今回の国会は働き方改革国会とのこと。

さてなんのことやら。

 

会計ソフトのテレビのCMで「働き改革でこのソフトを導入」ってのがありましたが、それは仕事の効率化。連絡しやすくする、クラウドで保存する、社員でデータを共有する。それは改革でなく改良です。

 

改革ならば、働く=会社に所属するという思い込みを取り払っていくようにしたい。

 

お金を稼ぐことも仕事、お金を稼ぐ人をフォローするのも仕事、お金を使って遊ぶのも仕事、遊ぶ人に遊び方を教えるのも仕事。

 

いろんな働き方が合っていい。

 

今の働き方は、仕事をする→人を喜ばせる→お金もらう→消費活動をする。そして仕事というながれになってる。

 

その中でもお金をもらうが一番の目的となっている。

 

お金がもらえない仕事はやっても意味ない。

それどころかそれ仕事ですかとなっている。

ましてや消費することは仕事ではない。

 

極端な話、仕事していてもいなくてもお金さえ入ってくれば仕事をしているとみなされる。

 

不動産や株の利息で儲けている人、資産がある人は何もしなくても働いている人となっている。したがって消費をする権利がある。

 

人には得手不得手がある。お金を儲けるのがウマい人がいる。それは人を喜ばせて得たお金か悲しませて得たお金かは関係ない。現在の働き方は、お金を儲けることが大事なものだからだ。

 

働き方改革とはお金儲けの効率を上げることではない。働くことの目的をお金を稼ぐことから人を喜ばせることにすることだ。

 

そうすれば、いままでなにも働いてなかったようにおもえる人が凄い働き者だったと気づくだだろう。

 

まずは子どもだ。これはいるだけで家族が喜ぶ。なかにはそうではない。こどもは苦痛だというひとがいるかもしれない。それはしょうがない適材適所。そういう人は結婚もせず現金を稼いで別のところに使えばよい。

 

もう一つは介護。これも人を喜ばせる仕事だ。しかし利用者はお金がない。だから給料は安い。しかし人を喜ばせるということでは株や仮想通貨でもうけているひとよりずっと難しい。

 

エンターテーメントの人たちしかり。だたファンの人たちに金がないから彼らにお金が回らないのだ。

 

それを解決するのがベーシックインカム。全ての日本国民から死に間際の人から生まれたばかりの子供にまで、一律の金額を国が補償する。そのかわり生活保護も子ども手当もなしだ。

 

労働しない状態でも自分が暮らす最低限の金額を国が保証してくれるわけだから、労働で得たお金はすべて自分が自由に使っていいお金になる。

美味しいものをたべてもいい。遠くの街に行っても良い。能力がある人間はグループをつくり事業をはじめるだろう。なんせ給料は儲けたぶんだけわたせばよい。福利厚生家族手当は気にすることもない。

 

現金のために労働しなくても生活できると社会というのは逆に労働が下手な人間は労働するなという社会でもある。

 

生活必需品はコンビニで買い、労働で現金が欲しい人はコンビニが受け皿となる。

 

そんな時代がくるだろう。

 

そして現金を稼ぐのがウマい一部の人間が日本の経済を支え、多くの人間たちを支えてくれるのである。

 

そんななか優秀でない僕らは何をしなければならないか。それは楽しむこと。消費に目を向けて、いいものを嗜む、良い消費者としての働きをしなければならないのだ。

 

スクラップアンドビルド。

壊す人がいての創造!!

 

もうじき格差が定着する時代が来る。

日本の企業の多数がなくなる。会社員の多くが再び社会に放り出されるのだ。NEW新卒者というものだ。

生産者になるか消費者になるかそして金をどうやって使うか。

残された時間は少ない!!

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